「月の船」について

tirashi

2007年5月。『月の船』という一人芝居が、ここ川口で上演された。会場はKAWAGUCHI ART FACTORY(以降 KAF)。企画製作主催は快飛行家スミス。

当時東京都内だけで活動していた彼らが、より濃密な‘場’、物語のある空間を求めて辿り着いたのが、鋳物工場の特異空間をそのまま活かしたアートスペースである、KAFだった。
はじめて訪れた街に戸惑いながらも、彼らは一目でその空間と共鳴。オーナー・金子良治氏の承諾を得て、すぐさま公演企画を立案した。それは、興行のセオリー をことごとく無視した大胆不敵にして無謀な計画案で、快飛行家スミス両人の話では、「元々僕らの周りにいた演劇関係者は誰もが呆れていた」という。
とはいえ、無謀なことにはどこか魅力もついて回るもので、その匂いに魅かれたアーティストやKAF関係者の協力を得て、『月の船』はとうとう上演に漕ぎつける。

舞台は、架空の鉄の町・月船町。何ヶ月も雨が降り止まず、錆付き朽ちていく運命を無気力に見つめる人々と、母を求め彷徨う一人の青年の、再生船出の物語。
「呼び覚ませ、鉄の町の記憶!」を合言葉に、鉄の本質とその精神性がファンタジックにロマンティックに描かれた。
川口の、鋳物工場の、KAFの為だけの、物語が生まれたのである。
そして、‘場’が抱える力とためらうことなく融合する、芝居ともアートとも括れない表現が評判を呼び、約一ヶ月というロングランの末、その公演は幕を下ろした。

そして2015年。KAFの為だけの物語は、KAFと共に、実在から記憶へと旅立ってゆく。
最後のKAF、最後の『月の船』

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